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2016-02-06

本読みの小旅行 00035.「渡りの足跡」

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「ルオムの森」のすぐ近くに、白鳥の飛来地があることは、住民でも意外と知らない人も多い。
私自身、気付いたのは4~5年前のこと。その頃が初めてだったのか、それよりも前から来ていたのに気付かなかっただけかは定かではない。
聞くところによると、コハクチョウらしい。
(オオハクチョウかコハクチョウかの違いは、体の大きさなのかと思っていたら、そうではなくクチバシで見分けるのだそう。)

いつも、冬の初め、そろそろかな、そろそろかな、、と、そばを通り過ぎるたびに気にしてしまう。
この冬は、12月のいつ頃だったか、先発隊なのか、1~2羽だけ姿が見えて、その次に見に行ったときにはもう30羽近く、いた。

写真は、2~3日前に立ち寄ったときのもの。
青い空と水の色と、まわりの雪と白鳥の白とのコントラストがきれいで、寒さを忘れて見とれてしまう。
白鳥はなんとなくふたつ3つのグループに分かれて、お互いに「コプー、コプー」と鳴きあっている。
ときどき、バタバタっと羽根をふるわせて伸び上がるようにするのがかっこよくて、もっと見せて見せてと思うが、そんなには見せてくれない。
なかに、ちょっと灰色がかった「みにくいあひるの子」みたいなのもいるが、あれはまだ幼鳥なのかな。
白鳥は年々、増えているような気がする。
今年は、白鳥以外の鴨の群れも増えていて、小さな貯水池は大賑わいだ。

この白鳥たちは、どこからやってくるんだろう?
あたりに田んぼもないようなこの場所で、エサになるものはあるのだろうか?
せっかく避寒しにくるなら、もうちょっと暖かいところがいいんじゃないのか?
家族で来ているのか、グループの基準となるものはあるのか。リーダーとかいるのかな。
そして、いつまた旅立ってしまうんだろう・・・??

ハクチョウをはじめ、渡りをする鳥には、まったく「なぞ」がいっぱいだ。

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渡りについての謎を追うエッセイといえば、梨木香歩さんの 『渡りの足跡』 がおもしろい。

移動すること。とどまること。
世界の文化や、その「境界」にあるものを、つねにテーマに選び、物語やエッセイを書きつづける梨木さん。
北海道、新潟、諏訪湖、そしてシベリアまで旅をしながら、渡り鳥を追いかけ、そこに「ヒト」の歴史や姿を重ねていく。
(シベリア滞在中には、ルオムスタッフが敬愛してやまない(?)”森の案内人”デルス―・ウザラーのふるさとも訪ねているので、ここも見逃せない。)

梨木さんは生物学者ではないから、渡りの「なぞ」そのものを解明してくれるわけではない。
「今後、世界はこうならなくてはならない」という、耳の痛いお説教をするわけでもない。

ただ、国境を飛び越え、時代も行き来し、世界を俯瞰してみようとする梨木さんの目線こそ、まるで渡り鳥のそれのようだ。
本を読むひとを、その一瞬だけでも、同じ高みに引っ張り上げてくれる。

生物は帰りたい場所へ渡る。自分に適した場所。自分を迎えてくれる場所。自分が根を下ろせるかもしれない場所。本来自分が属しているはずの場所。還っていける場所。
たとえそこが、今生では行ったはずのない場所であっても。

巻末のこの言葉を読むたびに、なぜだか胸がぎゅっとしめつけられるのは、前世が渡り鳥だったりしたからなんだろうか・・・・・・。

そんなことをぶらぶら考えながら、あともうしばらく、真冬の愉しみ、白鳥観察の日々は続く。

『渡りの足跡』 梨木香歩・著 新潮社